生保労連(全国生命保険労働組合連合会)は生命保険会社の営業部門・事務部門に働く労働者25万人(19組合)を組織する労働組合です。

生保労連のつなげる、つながるブログ

5年後に、必ずや“観光”で!

みなさん、はじめまして。労働局(営業職員委員会担当)の小島です。 

この“ブログ”を楽しみに?ご覧いただいている方々は既にご承知かと思いますが、現在、生保労連では、被災地の復旧・復興に「少しでもお役に立ちたい」との思いから、連合を通じたボランティア活動に参加しています。わたしも6月3日~11日までの9日間、大隈副委員長(前半)、早川副書記長(後半)と共に宮城(仙台)に行ってきました。連合としての派遣は、第9陣目になります。(わたし自身は、ボランティア初体験です)

「班長」として・・・

活動地区は、これまでもブログで紹介のあった亘理町です。活動初日・2日目は側溝のヘドロ等を除去する作業です。

第9陣「第1班」の仲間たち

当日は土日ということもあり、個人の方を含め、多くのボランティアの方々が各地で活動していました。側溝には、津波で流された様々なものが混在しており、それらも含めて取り除く作業は、想像していたよりも重労働でした。

活動中は、基本的に班単位で作業にあたります。なぜかわたしが「班長」に任命されましたので、右も左もわからない中で、少しでも頼りになる班長をめざして奮闘しました・・・

9陣目にして初めての墓地清掃

3日目以降は、墓地に流れ着いた泥や砂利、ガレキ等の清掃作業です。多くの墓石が破損、倒壊している状況の中で、「せめてその周辺だけでも元の状態に戻そう」との思いで、計4日間の活動を行いました。

活動中、残念ながら破損してしまった墓石に手を合わせているご家族を何度か見かける機会がありました・・・。「ご先祖さまにご自身の無事を知らせている姿」なのか、それとも「被災し、他界されたご家族をお守りくださるようお願いしている姿」なのか・・・。

こうした姿を見ていると、何とも言いようのない気持ちになりましたが、一方で、こうしてお墓参りに来ることができる状況になっているということは、約3か月という時が経過する中で、生活の面でも心の面でも、少し落ち着いてきているのかもしれないとも感じた次第です。

墓地での清掃作業

仙台のみなさんのたくましさを痛感

ボランティア期間中は、毎朝8時30分頃にベースキャンプ近くの北仙台駅をバスで出発し、活動地域のボランティアセンターに向かいます。この時間帯は、通学途中の学生達や通勤途中のサラリーマンの方々、特に仙台は自転車通勤をされている方が多いのですが、みなさん颯爽と元気に活動してらっしゃいます。

また、夜の仙台はというと、これもまた明るく元気に語らい合っている姿が多く見られます。それが奥さん・旦那さんへの不満?なのか、上司の愚痴??なのかは分かりませんが・・・

たとえご自身やご家族が無事であっても、親戚や友人・知人といった方々の状況を含めると、ほぼ全ての方が深い痛みや悲しみを抱えていることは容易に想像できますが、そうした状況にあっても、明るく、力強く歩まれている姿が強く印象に残っています。

オール・ジャパンで復興を

9日間という短い期間ではありましたが、被災地の惨状を目の当たりにし、その復旧・復興に向けた活動に携わることができたことは、とても貴重な体験でした。

今回の活動では、個人宅のお手伝いをする機会はありませんでしたが、ボランティアセンターのみなさんや連合宮城の方等とお話する機会をたくさん得ることが出来ました。その中でみなさんがおっしゃられていたのが、「何とか5年間で再生する」という強い思いでした。

私自身、一人の“日本人”として、生保労連・連合を通じた諸活動への参画や、個人的に出来る事をしっかりと行い、5年後に“観光”で仙台を訪れたいと強く願っています。

<亘理町災害ボランティアセンター>

http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=10115P

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